雑音に埋もれた信号の測定

ロックインアンプを用いた微小信号の測定

交流電圧計と比べ、ロックインアンプの優れたパフォーマンスを紹介。

微小信号の最適な測定方法

微小信号の最適な測定方法

各種の物理量(温度・加速度など)の測定は、センサで電気信号に変換して分析器(測定器)に入力されます。必要な信号だけが得られることは非常に稀で、通常は不要な信号(すなわち雑音)も一緒に測定されます。雑音はあらゆる局面で混入してきます。

微小信号の最適な測定方法

雑音は電気信号とは限らず、測定する物理量そのものに含まれる場合もあります。また、場合によっては、目的の信号よりはるかに大きなレベルとなることもあります。測定したい信号が微小なレベルになると、相対的に雑音が大きくなります。

交流電圧計とロックインアンプを用いた測定

ここで、レベルの異なる1kHzの正弦波信号を、交流電圧計で測定した結果を見てみましょう。
信号には0.1Vrmsのホワイトノイズを重畳させています。ミリバルとは一般的な交流電圧計、ロックインアンプとは微小信号測定専用の(特殊な)交流電圧計です。

信号レベル
(正弦波信号)
波形
(ノイズ重畳波形)
ミリバルの
測定結果
ロックインアンプの測定結果
1Vrms 1Vrms 0.999Vrms
100mVrms 140mVrms 99mVrms
1mVrms 105mVrms 1.01mVrms
0.1mVrms 105mVrms 0.107mVrms

ミリバルは雑音も一緒に測定してしまいます。

ディジタルマルチメータ(DMM)で測定しても、ミリバルと同じような結果となります。

ロックインアンプは、1,000倍の大きさの雑音の中から、目的信号(1kHz正弦波)をほぼ正しく検出しています。

Point

雑音に埋もれた微小信号の測定には、ロックインアンプが適しています。

それでは、なぜロックインアンプは雑音に強いのでしょうか?

ロックインアンプが雑音に強い理由

1. 雑音(ホワイトノイズ)の性質

ロックインアンプが雑音に強い理由(1)
雑音(ホワイトノイズ)の性質

ロックインアンプが雑音の影響を受けにくい理由は、雑音 (ホワイトノイズ) と目的信号 (正弦波) の性質の違いを上手く利用している点にあります。
ここでは、ホワイトノイズの性質と正弦波の性質を整理しながら、ロックインアンプがなぜ雑音に強いかを解説します。

平坦な周波数スペクトル

広い周波数範囲で、ほぼ一定の周波数スペクトルを有する信号です。瞬時レベルは予想のつかないランダムな値となります。

ホワイトノイズの波形とスペクトル

測定帯域幅で測定電圧が変わる

ミリバルでホワイトノイズを測定すると、ホワイトノイズが持つスペクトル帯域幅 (BandWidth : B.W.)の平方根およびレベルに比例した値が得られます。下図の水色の部分の面積に比例した電圧値になります。

ミリバルでホワイトノイズを測定

同じノイズでも、バンドパスフィルタ(BPF)で帯域制限することによって、測定される電圧値は異なります。

バンドパスフィルタで帯域を制限

測定された雑音電圧(Vrms)を帯域幅の平方根で割った値は、雑音の大きさを表す単位として雑音電圧密度(V/√Hz)と呼ばれます。帯域幅を狭くすれば雑音電圧は小さくなります。帯域幅を1/100にすると、測定される雑音電圧は1/10となります。

次に、正弦波の性質を見てみましょう

2. 正弦波(目的信号)の性質

ロックインアンプが雑音に強い理由(2)
正弦波(目的信号)の性質

周波数スペクトルが集中している

1kHzの正弦波信号のスペクトルは1kHzのみに存在し、その他のスペクトルレベルはゼロです。

周波数スペクトルが集中

帯域幅によらず測定電圧は一定

スペクトルが集中しているため、測定帯域幅に依存せずに一定の電圧が測定されます。ただし、信号周波数が測定帯域内に存在している必要があります。

帯域幅によらず測定電圧は一定

交流電圧計で測定される電圧は、帯域幅に関わらず、上図のVとなります。

交流電圧計で測定される電圧は、帯域幅に影響されない

それでは、ホワイトノイズが重畳した正弦波ではどうでしょうか?

3. ホワイトノイズと正弦波の合成信号

ロックインアンプが雑音に強い理由(3)
ホワイトノイズと正弦波の合成信号

ホワイトノイズと正弦波信号が加算された信号でも、帯域幅に対する測定電圧の各々の挙動は変わりません。
したがって、バンドパスフィルタの帯域幅を狭めることによって、

  • 測りたい信号のレベルは変わらない。
  • ホワイトノイズの大きさは減少する。
  • ハム雑音等の周波数の異なる成分も当然減少する。

ことになります。

これらのことから、雑音に埋もれた信号を測るためには、バンドパスフィルタの帯域幅を狭くすればよいことがわかります。
帯域幅を1/Nにすると雑音は1/√Nに減少、信号は変化しないので、結果としてSN比(信号雑音比)は1/√Nに改善されます。

しかし、このバンドパスフィルタにも限界があります。

4. バンドパスフィルタとロックインアンプ

ロックインアンプが雑音に強い理由(4)
バンドパスフィルタとロックインアンプ

ここまで、「ロックインアンプは、雑音と目的信号の性質の違いを利用することで雑音の影響を受けにくい」ということを説明するため、

といった点を解説してきました。

バンドパスフィルタ狭帯域化の限界

測定したい周波数のみを通過させるバンドパスフィルタを使用することにより、雑音を抑圧して目的信号を浮かび上がらせることができました。
しかし、バンドパスフィルタの帯域幅を狭めることには、限界があります。
バンドパスフィルタにおいて、中心周波数と帯域幅の比をQと呼び、バンドパスフィルタの鋭さの指標として用いられます。
Qが大きい程帯域幅が狭く、雑音除去能力が高くなりますが、一般的なフィルタ回路で実現できるQは100程度です。1kHzの中心周波数に対して、帯域幅で10Hz程度が限界です。Qを大きくできない理由は、フィルタを構成する部品の精度や温度/時間安定度に限界があるためです。

これらを、ロックインアンプと比べてみましょう。

  Q(中心周波数/帯域幅) 中心周波数
バンドパスフィルタ 100程度 (10Hz@1kHz) 固定(可変は困難)
ロックインアンプ ~10程度 (0.1mHz@1kHz) 測定信号に追従

ロックインアンプは、特殊な方法により、Qが107程度 (通常のバンドパスフィルタは100程度) で、しかも、中心周波数を測定周波数に自動的に追尾できるバンドパスフィルタを実現しています。

では、ロックインアンプのしくみをご紹介しましょう!

ロックインアンプの原理

1. 周波数変換と雑音除去能力

ロックインアンプの原理(1)
周波数変換と雑音除去能力

ロックインアンプは、無線回路で活用されるヘテロダイン技術を用いて、測定信号を直流に周波数変換しています。

ロックインアンプの原理

ヘテロダインで局発 (Local OSC) と呼ばれる掛算用の信号は、ロックインアンプでは参照信号と呼び、外部から入力します。ロックインアンプは、この参照信号と等しい周波数成分の検出を行うものです。測定信号に含まれる各種の信号のうち、参照信号周波数と等しい成分のみが直流となり、LPFを通過できます。他の成分は周波数≠0Hzの交流信号に変換されるのでLPFで除去されます。
周波数領域では、下図のようになります。

ロックインアンプによる雑音除去能力

ロックインアンプによる雑音除去能力は、上図のLPFのカットオフ周波数で決まります。例えば10kHzの測定時、1mHzのLPFを使用すると、等価的には10kHz±1mHzのバンドパスフィルタ使用時と同じ雑音除去能力になります。Qに換算すると、5×106に相当します。これ程高いQを持つBPFは製作不可能ですが、ロックインアンプなら実現は容易です。

前項の解説の通り、狭帯域バンドパスフィルタ (BPF) は、中心周波数と測定信号周波数がずれると測定誤差が発生、最悪の場合は測定信号そのものも除去してしまいます。

それに対してロックインアンプは、ローパスフィルタのカットオフ周波数が多少狂っても、直流さえ通過できれば測定結果に大きな影響は出ません。バンドパスフィルタと比べて狭帯域ローパスフィルタは実現が容易で、いくらでも狭帯域化できます。ロックインアンプが雑音中に埋もれた信号検出に強いといわれる所以です。

それでは、実際のロックインアンプはどうなっているのでしょうか?

2. PSDと位相調整

ロックインアンプの原理(2)
PSDと位相調整

掛算器にはPSDを使用する

周波数変換は掛算により行うことを説明しましたが、一般のアナログ乗算回路は直線性や温度安定度に問題があるため、実際のロックインアンプでは、スイッチ素子で同期検波を行うことにより周波数変換を実現しています。スイッチ素子による同期検波回路をPSD(Phase Sensitive Detecter)と呼び、ロックインアンプの心臓部となっています。

ロックインアンプの原理

参照信号には方形波を使用し、参照信号に同期して測定信号の極性を反転、すなわち ×1 または ×(-1) を切換えます。

位相調整が必要

PSD出力信号は、下図のように測定信号と参照信号との位相差により大きく異なります。当然、LPF出力 (ロックインアンプによる計測値) も異なってきます。

位相調整

位相差が0°以外の状態では、測定信号の大きさは上手く測定できません。そこで、参照信号と測定信号間の位相差を0°に調整してPSDに入力します。このための回路を移相回路 (Phase Shifter) と呼び、ロックインアンプでは必須の回路です。

位相調整を入れた回路図

上記の構成のロックインアンプは、「1位相ロックインアンプ」と呼ばれるものです。振幅・位相を正しく測定するためには、移相回路を調整する「位相調整」が必要です。参照信号に90°位相をずらした2つのPSDを利用して、位相調整を不要にした「2位相ロックインアンプ」が現在の主流です。

最後に、ロックインアンプの重要なパラメタである、“ダイナミックリザーブ”についてご説明します。

3. ダイナミックリザーブ

ロックインアンプの原理(3)
ダイナミックリザーブ

通常の電圧計には測定レンジがあります。10Vレンジでは10Vまでの電圧を測定できますが、10Vを超える場合にはレンジを上げて、例えば20Vレンジで測定します。
ロックインアンプも電圧計なので、当然測定レンジがあります。しかし、ロックインアンプは雑音に埋もれた微小信号を測定するため、通常の測定レンジの他に“ダイナミックリザーブ”と呼んでいるパラメタがあります。測定レンジの何倍までのノイズを許容できるかを示しており、以下の式で定義します。

信号と雑音、ダイナミックリザーブの関係を図で示します。

信号と雑音、ダイナミックリザーブの関係

ほとんどのロックインアンプが、測定する信号に合わせて、ダイナミックリザーブを数段階に可変できます。
例えば、はじめにご紹介した「0.1mVrmsの目的信号に対して0.1Vrms(≒0.8Vp-p)のノイズが重畳された信号を測定する」例では、測定レンジを0.1mVレンジに設定すると、78dB以上のダイナミックリザーブが必要となります。

ロックインアンプを用いた測定例

1. 光源の指向性特性の測定

ロックインアンプを用いた測定例(1)
光源の指向性特性の測定

~外乱光の影響で測定精度を低下させていませんか?~

光の測定を行うときは、外乱光を避けるために暗室内で行うのが常識です。しかし、いくら優秀な暗室を用意しても外乱光をゼロにすることは不可能です。また、赤外分光では周囲の温度そのものが外乱光になります。

外乱光に埋もれるほどの微弱な光信号でも、ロックインアンプを使用すると、「外乱光を除去」すなわち「雑音を除去」して、目的の信号のみを検出できます。

光源の発光強度パターン(指向性特性)の測定例を以下に示します。光源は、正面方向に最大の光量を放射しますが、正面方向から離れるに従い光量は低下していきます。

測定ブロック図

測定ブロック図

センサが検出した信号を処理するには、上の図のようにロックインアンプを使うほかに、下の図のように、(1)交流電圧計および(2)バンドパスフィルタ+交流電圧計を使った測定例があります。

(1)交流電圧計で検出する。

交流電圧計で検出

(2)バンドパスフィルタで帯域を制限して、交流電圧計で検出する。

バンドパスフィルタで帯域を制限して、交流電圧計で検出

3つの測定方法による測定結果を比較してみましょう

測定結果

ロックインアンプを使用した測定では、外乱光の影響がほぼ除去されています。交流電圧計を使用した結果では、外乱光が測定されているだけなのがわかります。

Point

  • 外乱光の影響を受けない測定が可能です。
  • 測定信号より100dB (=105) 大きな外乱から目的信号の検出が可能です。
  • nVオーダの微小レベルの測定が可能です。

2. 物質の熱伝導特性の測定

ロックインアンプを使った測定例(2)
物質の熱伝導特性の測定

物質中を熱が伝わる速度は、放熱特性に直結するため、パワーエレクトロニクスなど半導体デバイスでは重要な特性です。熱源を与えてからの測定点での温度上昇の測定では、周囲温度の影響を受けやすいため、高精度な測定は困難です。
ロックインアンプを使用した交流法による熱伝導特性の測定は、周囲温度の影響を受けずに、熱伝導の遅延時間を高精度に求めることができるなどの特長があります。

測定例
グラフ

Point

  • 周囲温度変化の影響を受けません。
  • 熱伝導遅延時間 (熱が伝わる速度) を正確に求めることができます。

その他

ロックインアンプを用いた測定例(その他)

さまざまな分野におけるロックインアンプならではの測定例をご紹介します。また、雑音に埋もれた微小な信号の測定についても、お気軽にお問い合わせください。

  • 信号のピークを検出する。
  • 信号の位相差を正確に測る。
  • 信号源やセンサの特性を補償する。
  • 熱拡散率を測る。
  • 走査型プローブ顕微鏡の信号を測る。
  • 差動トランスで位置を検出する。

技術資料

技術資料『ロックインアンプ技術解説集』

ロックインアンプの原理と、実際にどのように動作して、どんな測定をするかなどを図解しながら説明した技術資料です。
ロックインアンプの基本は、まずこの一冊から。

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