インピーダンス測定のトラブルと解決法
インピーダンス測定の問題点
インピーダンス測定の問題点
この特集では、低周波領域を主眼としたインピーダンス測定に焦点を当てながら、単にインピーダンス測定用の測定器を接続しただけでは旨く測定できないいくつかの例について、測定に立ちはだかる問題点を類型化し、それぞれの場合について問題の検証と解決法を示します。
インピーダンスとは、電圧と電流の比の値に他なりません。
したがって、インピーダンスを求めるには、測定対象物に電圧を加えて、その時に測定対象に流れる電流を測定するか、もしくは、測定対象に電流を流して、測定対象両端の電圧を測定する、の何れかです。
特に、抵抗、コンデンサ(キャパシタ)、コイル(インダクタ)など、単体受動部品のインピーダンス値を測定するのは簡単です。
LCRメータを使えば、測りたい部品を測定器に当てるだけで、だれでも簡単に測定できます。ハイグレードなLCRメータでは、インピーダンスの周波数特性も求まります。
簡単にインピーダンスが測れる、それがLCRメータのいいところです。
とはいうものの・・・
しかし、場合によっては、LCRメータを持ってきても「測定できない」もしくは「測定にはかなりの工夫を要する」ということがあります。
LCRメータなどでは想定されていない対象物のインピーダンスを測定しなければならないことがあるからです。
簡単だと思ったインピーダンス測定が、できそうでできない。
そんな経験は、ありませんか・・・。
問題点の整理
そこで、LCRメータでは測定が難しい対象を、問題毎に整理してみます。
測定電流が他へ流出してしまう問題
代表的な事例:片側が接地された部品や回路のインピーダンス測定など。
問題点:測定対象物に他の部品や回路が接続されているか寄生的に存在するために、測定されるべき電流が測定器に取り込まれない。
この問題は、機器の接続方を工夫すれば計測できる場合もあります。
入力回路が飽和してしまう問題
代表的な事例:スイッチング電源の出力インピーダンスや稼働中の回路素子のインピーダンス測定など。
問題点:測定対象が自ら電圧を発生したり、電位を持つため、LCRメータを接続すると測定器の入力回路が飽和してしまう、または壊れる危険がある。
大きなドライブ電圧を必要としたり、共振を伴う問題
代表的な事例:圧電アクチュエータのインピーダンス測定など。
問題点:LCRメータの測定電圧(測定電流)定格と供試体のドライブ条件が一致しない。
対象に別の電流を流した状態で測定しなければならない問題
代表的な事例:燃料電池の交流インピーダンス測定
問題点:測定電流とは別に、大きな電流が共存する条件下での測定。
測定対象毎に問題を抽出し、その解決法を示します。
LCRメータと測定電流
LCRメータと測定電流
図1はLCRメータの原理です。
まず、発振器の信号を試料に加えます。
次に、試料両端の電圧と、試料を流れる電流を求めて、両者の値からベクトル演算によって、インピーダンス(Z)、キャパシタンス(C)、インダクタンス(L)を求めます。
図2は、電圧と電流の検出部分のブロック図です。
ここでは電流の検出部分に注目してください。
試料に流れる電流は、LCRメータ内部の基準抵抗を通ることによって電圧に変換されます。
即ち、試料を流れる電流が全てLCRメータに流入しなければ正確な測定はできません。
もし、図に点線で示した様な浮遊容量や絶縁抵抗があると、電流の一部がそれらに分岐して流れてしまうため、誤差となります。
このため、LCRメータでは、浮遊容量や絶縁抵抗の両端の電位差を無くして電流が流れないように図のLc点の電位がグラウンド電位となるように制御しています。
単体の受動部品等であれば、このことによって手軽で精度の高い測定が実現します。
ところが、例えば、増幅器の入力インピーダンスなど、一端が接地されている試料では、図1の点線部分が短絡されることになるので、発振器-試料-試料のグラウンド-LCRメータのグラウンドというループが形成され、測定電流は、基準抵抗に達しません。
したがって、正しい動作を期待できなくなります。
この問題を解決法するには、試料のグラウンドとLCRメータのグラウンド間の接続を断ち切ることです。
具体的には、試料またはLCRメータの電源をトランスなどによって絶縁し、さらに、試料のグラウンド側をLCRメータのHc端子に接続(通常とは逆)することで絶縁の浮遊容量の影響を少なくします。
図3にその様子を示します。
計測お役立ち情報 『LCRメータの機能と正しい使い方』
LCRメータを使って電子部品を測定する時の「試料の接続方法」と「誤差の補正方法」のポイントをご紹介していますので、ご覧ください。
技術資料
技術資料『LCRメータを用いた電子部品の測定 ~各種パラメタを正確に測定するには~』を用意しました。ご希望の方は、カタログとあわせてご請求ください。
スイッチング電源の出力インピーダンス測定
スイッチング電源の出力インピーダンス測定
一般に、電源の出力インピーダンスは、負荷抵抗をオン/オフさせたときの出力(直流)電圧の変化から簡易的に計算されています。
しかし、このとき得られる値は、直流域における値(出力抵抗)に過ぎません。
インピーダンスの周波数特性は、負荷をオン/オフさせたときの出力電圧の過渡的な波形から演算によって求めることもできますが、一般には電圧の変化幅が小さいことや現実のスイッチング電源のインピーダンス特性が複雑であるため、精度の高い測定は望めません。
測定の定義
電源の回路方式や並列コンデンサによって、出力インピーダンスは大きく変わります。インピーダンスの周波数特性を測定することで、回路や部品定数の最適値を見つけることができます。
問題点
一見、簡単に思える測定ですが、測定対象が自ら電圧を発生するため、LCRメータやネットワークアナライザ、インピーダンスアナライザなどを接続できません。
測定器に直流がかかる
測定は、電源の動作状態で行わなければなりません。
したがって、測定器の測定端子に大きな直流が加わります。
この直流電圧のために、LCRメータやネットワークアナライザなどの入出力回路が飽和したり、壊れる危険があります。
直流をカットするためにコンデンサを挿入するとインピーダンス特性が異なってしまいますし、電源の出力インピーダンスが小さいので、コンデンサの容量が大きくなり現実的ではありません。
広い周波数範囲での測定が必要
スイッチング周波数付近、あるいはそれ以上の周波数までの広い周波数範囲に亘って、インピーダンス特性を知る必要があります。
通常のLCRメータでは、測定の周波数範囲が不足します。
一端が接地されている
一端が接地された測定対象を、LCRメータで測定すると、測定電流がバイパスされるため、旨くいきません。
並列インピーダンス
場合によっては、負荷を接続した状態での測定も必要になりますが、知りたいのは、電源のインピーダンスです。負荷との合成インピーダンスではありません。
LCRメータでは、機器内部で電流を検出するので、特定部分だけのインピーダンス測定はできません。
解決法
FRA(周波数特性分析器)を使うのが、最も確実な方法です。
FRAから交流信号を注入し、それによって電源を流れる電流と電圧降下(何れも交流)を検出します。
FRAからの信号は負荷抵抗にも流れますが、測定する電流は電源を流れる電流と電圧降下ですから、負荷のインピーダンスは測定の誤差にはなりません。(負荷状態で測定できる)
実際の結線は下図のようになります。
電流制限抵抗は、スイッチング電源の出力がFRAの信号源に過大に流入するのを防ぐためのもので、2~3mA程度になるように選択します。(電源出力24V、制限抵抗10kΩの時、電流は2.4mA)
電流を検出用の抵抗は、周波数特性の良い抵抗を用意します。
値は1Ωにすれば、計算がシンプルになります。
インピーダンスはCH1とCH2の比から求めることができます。
専用のオプションにより、インピーダンスを直読することも可能です。
メリット
- FRAの測定入力は高耐圧ですから、測定対象の出力によって飽和したり壊れてしまう心配がありません。
例えば、FRA 5095の最大入力電圧は250Vrms/350Vpあります。そのうえ、オートレンジングなので、レンジ設定を間違えることがありません。
さらに低周波領域でも直流結合されているので、結合コンデンサによる誤差がありません。
そして、測定の周波数範囲が広いうえに分解能の高い測定ができます。 - 電流の検出をFRAの外部(負荷の直近)で行うので、測定電流が他へ流出してしまうことはありません。
例えば、電源の出力に負荷を接続することもできます。
CH2の入力は、グラウンドから浮いている抵抗の両端に接続されていますが、FRAの入出力は絶縁されているので問題ありません。
実測例
以下に実測例を示します。
この例では、出力回路の応答は10Hz近辺から低下し、インピーダンスが上昇しています。
100Hz以上では、出力端子からはキャパシタンスとして見えることも解ります。
圧電素子のインピーダンス測定
圧電素子のインピーダンス測定
LCRメータやインピーダンスアナライザなどのインピーダンス測定専用機は、定められた大きさの電圧(電流)を加えたときの電流値(電圧値)からインピーダンスを求めています。
測定に用いる信号の大きさを選択できるものもありますが、その範囲は、電圧でおおよそ10mV~1V程度です。
ところが、数ある素子の中には、測定信号の大きさや直流バイアスなどによってインピーダンスが変化するものがあります。
圧電アクチュエータなどの圧電素子はその典型です。
圧電素子は駆動電圧や内部摩擦による温度上昇などに対して非線形性を有するため、測定条件によってインピーダンスが変化します。
特に、積層タイプの圧電素子はドライブ電圧が高いため、LCRメータなどでは信号の大きさが不足します。
しかしながら、測定の目的から考えれば、素子が本来用いられる状態でのインピーダンスを測定することが望まれます。
測定の意義
インピーダンス測定に用いる信号の大きさを、素子が実際に用いられる条件と等しくすることによって、より実際的な素子の挙動を解明できます。
問題点
LCRメータなどでは、測定信号の条件が固定化されているため、測定条件を満たすことができない。
電圧が足りない
LCRメータなどの駆動電圧は、通常で10mVから1ボルト程度です。
これに対して、圧電素子のドライブ電圧は、小さいもので数ボルト、積層タイプでは、100ボルトを超えるものもあります。
かといって、LCRメータの出力に、増幅器をつないだり、昇圧トランスを入れることはできません。
入力回路が壊れる
ネットワークアナライザなど、信号源出力を持つものを使えば、増幅器を繋ぐことはできますが、今度は、測定入力の電圧定格を超えてしまうため、測定器を壊す危険があります。
共振がある
アクチュエータには機械的な共振点があります。共振を積極的に利用する用途では、共振点付近の特性(インピーダンスや位相など)を詳しく調べる必要があります。
共振点付近ではインピーダンスが急激に変化するため、周波数分解能を高くして測定したいところです。
共振がある場合は、信号源の電圧よりも高い電圧が現れて測定器に加わることも忘れてはなりません。
解決法
FRA(周波数特性分析器)を使うのが、最も確実な方法です。
測定のブロック図は下のようになります。
FRAの信号源出力は最大で10Vpeakありますが、これで不足する場合は、高速バイポーラ電源(HSAシリーズ)を付加します。
例えば、HSA 4011では、DC~1MHz, 150Vp-p, 2.82Ap-pを出力できます。
また、電流検出用のシャント抵抗も用意されています。
メリット
- FRAの測定入力は高耐圧ですから、測定対象の出力によって飽和したり壊れてしまう心配がありません。
例えば、FRA5095の最大入力電圧は250Vrmsあります。そのうえ、オートレンジングなので、レンジ設定を間違えることがありません。 - FRAには、測定値に急激な変化を生ずる区間の周波数ステップを自動的に細かくする”自動低速高密度スイープ”の機能があるので、共振点付近だけの周波数ステップを細かくして、全体の測定時間を長くすることなく、変化の急な部分だけを詳細に計測することができます。
因みに、最高分解能は、全帯域で0.1mHzです。
Qの高い共振では、周波数の変化に伴う振幅の応答に過渡現象を伴うことがあり、周波数の変化後直ちにデータを取り込むと誤差を生じる場合がありますが、FRAでは、周波数が変化してからデータを取り込むまでの時間を設定することもできます。
実測例
以下に実測例を示します。
上の二つは、異なる駆動電圧で測定した例です。
高い駆動電圧では、インピーダンスが低下することや、発熱によって高域のインピーダンスが変化することが分かります。
下のデータは、共振点を含む周波数帯域でアドミタンスを測定したものです。FRAでは、ch1とch2の演算設定を逆にするだけで、アドミタンスを簡単に求めることができます。
実測データ
このデータは、圧電アクチュエータではなく、水晶振動子の共振点付近のインピーダンスと位相特性を詳細に観測した例です。
この場合は、駆動用の増幅器を必要としません。
接続図
実測例
燃料電池の交流インピーダンス測定
燃料電池の交流インピーダンス測定
地球の環境を保全する意識が高まる中で、電気エネルギーの新たな蓄積法として燃料電池がクローズアップされてきました。
インフラとしての大容量なものから、電気自動車向けの中容量のもの、あるいはノートパソコンなどモバイル機器用の超小型まで、各所で熱い開発競争が繰り広げられています。
燃料となる水素の蓄積法や電気への変換法も様々です。
測定の意義
電池では、第一に蓄積できる電力や取り出し得る最大電流など、スタティックなパラメータが評価されますが、ダイナミックな応答特性を評価するにはインピーダンスの周波数特性を知る必要があります。
内部の電気化学的な反応プロセスと、電気特性との対応も解明しなければなりません。
問題点
燃料電池のインピーダンスは、出力の電流値によって大きく変化します。
したがって、負荷を接続した状態で、燃料電池だけのインピーダンスを測定しなければなりません。
LCRメータなどでは、できない測定です。
測定器に直流がかかる
相手は電池ですから、測定器の測定端子に大きな直流が加わります。
この直流電圧のために、LCRメータやネットワークアナライザなどの入出力回路が飽和したり、壊れる危険があります。
直流をカットするためにコンデンサを挿入することも考えられますが、電源の出力インピーダンスが小さいので、大容量の結合コンデンサが必要です。
10Hzを下回るような低域までの測定を考慮すると、現実的なアイデアではありません。
並列インピーダンスが存在する
負荷を接続した状態で測定する必要がありますが、知りたいのは、電源のインピーダンスです。負荷との合成インピーダンスではありません。
LCRメータでは、機器内部で電流を検出するので、特定部分だけのインピーダンスを測定できません。
超低周波の測定になる
電気化学的な反応による現象を解明するには、1Hz以下の周波数、場合によっては1万分の1(100μ)Hzという超低周波までの測定が必要です。
LCRメータやネットワークアナライザ、インピーダンスアナライザでは、こうした周波数領域に対応できません。
解決法
FRA(周波数特性分析器)を使うのが、最も確実な方法です。
超低周波の測定では、測定に時間がかかることがあるため、右のように、パソコンを用いて測定を自動化すると便利です。
なお、負荷電流を様々に設定できるように、交流電子負荷装置を併用します。
手順は以下の通りです。
FRAの信号源出力信号を電子負荷の信号入力に接続し、電子負荷の電圧と電流出力をFRAに接続したうえで、電子負荷で直流的な負荷電流を設定します。
次に、FRAから微少な交流的負荷変動を電子負荷装置に与えます。
そして、これによる燃料電池の交流的な電圧と電流の変化をFRAで捉えます。
メリット
- FRAの測定入力は高耐圧ですから、測定対象の出力によって飽和したり壊れてしまう心配がありません。
例えば、FRA 5095の最大入力電圧は250Vrms/350Vpあります。そのうえ、オートレンジングなので、レンジ設定が不要です。 - 直流に対する感度がありませんので、交流分に最適な感度で測定できます。
- FRAは、0.1mHzという超低周波から測定できます。上限は機種によって異なりますが、最高では15MHzまで(FRA5096)の測定が可能であり、この範囲でスイープする周波数幅に制限はありません。
- 負荷に流れる電流(=燃料電池の出力電流)を測定しているので、負荷との並列インピーダンスを測定してしまう心配がありません。
負荷電流の大きさは、電子負荷で自由に設定できます。
実測例
以下に実測例を示します。
電気化学測定では、図のように周波数変化に伴うインピーダンスの軌跡を複素平面上に描くコールコールプロットが一般的です。
また、電圧と電流を取り出しているので、通常の電流-電圧特性描画 (ターフェルプロット*)も可能です。
* ターフェルプロットは、任意のポイントで直流電流を設定して測定します。
技術資料『周波数特性分析器 技術解説集』
この特集で取り上げたインピーダンス測定をはじめ、周波数特性分析器 (FRA) を用いたさまざまな測定例、測定原理や他の測定器との違いなどを解説した技術資料をご用意しております。
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